山川宇衣ちゃんの「瑠璃色の夜明け」

エンタメ - 櫻坂46

2026年3月11日の山川宇衣ちゃんのブログ

山川宇衣ちゃんの「瑠璃色の夜明け」

本日次のブログは山川宇衣ちゃんです。

瑠璃色の夜明け

https://sakurazaka46.com/s/s46/diary/detail/68315?ima=0000&cd=blog

ブログの概要

こんばんは

ブログを開いてくださりありがとうございます🌸

宮城県出身20歳

四期生の山川宇衣(やまかわうい)です

2011年3月11日

その日から、今日で15年が経ちました。

わたし自身、

地元の宮城で震災を経験した身として

当時を振り返りながら、

すこしだけお話しさせていただけたらと思います。

ここから先は、

読みたいと思ってくださった方に

ご自身の気持ちを大切に読んでいただけたらうれしいです。

幼稚園の頃の記憶なんて

もうほとんど残っていないけれど、

あの日の出来事や目にした光景は

今でもはっきりと覚えていて

断片的ではありつつも

自分の一日の行動を辿れるほど

当時の姿のままに、

今も自分の中に残っています。

当時5歳のわたしは、

あまりにも変わってしまった日常に

子どもながらに、これはただ事ではないのだと肌で感じていました。

でも、そんな記憶と一緒に思い出すのは、

ろうそくの灯りが揺れる部屋で

家族みんなでひとつの灯油ストーブを囲んだこと

寒い夜に家族と食べた

カップラーメンが温かかったこと

近所の方が、両手いっぱいに食べ物を抱えて

うちまで届けてくださったこと

毛布はいる?〇〇はいる?と

たくさん声をかけていただいたこと

非常食のわかめご飯が美味しかったこと

震災がもたらした日々は、

声を掛け合い、

手を差し伸べ合う大人たちの姿に

人のあたたかさを感じた経験でもありました。

震災によって失われた大切なものや

起こってしまった悲しい出来事は

変えられない現実として、

いまも多くの方の心に残り続けていると思います。

それでも、被災地の方々は震災の経験から、

地域の絆や地元への愛、

人との繋がりを深めながら一歩ずつ前に進んでこられたと思います。

復興へ向けた取り組みは、

地域の魅力を再発見し、地域の外へと広く伝える機会にもなりました。

でも、それらは当然

震災が自然ともたらしたものではなく、

被災された方々が

「それでも」と強く前を向き手を取り合ったからこそ形になったものです。

震災の記憶の側にある「思い」も、たくさんの方に知っていてほしいと思います。

こうしてブログを書き進めながら

言葉にするべきか考えていたことを正直にお話しすると、

今まさに胸の内に抱えているのは

海や山からは離れた地域に暮らしていたわたしが被災者として震災を語ることへの不安で

被害の大小は簡単に比べるべきではないと思いながらも、

目にした光景も、経験も、

同じ「被災者」という言葉で括れないほどあまりにも異なるものだと思います。

それを分かった上で伝えたいと思うことを、わたしなりの言葉でお話しさせてください。

深く心に残る記憶や感情を抱えながら

今も震災と向き合う方々がいます。

だからこそ、

震災の記憶が風化することなく語り継がれること

そして、復興へ向けた取り組みや思いが広がっていくことを心から願います。

今年はわたし自身も、

アンバサダーを務めさせていただく「ごひいき!三陸常磐キャンペーン」や

昨日出演させていただいたNHK総合「うたコン」など

震災の記憶や復興への取り組みに思いを馳せる場に身を置く機会をいただきました。

おこがましい願いではありますが、

わたしの言葉がほんのすこしでも

被災地が歩んできた15年間に思いを巡らすきっかけになれることを願っています。

そして何より、

ささやかながら、被災地に関わるすべての皆さんの幸せを心から願っています。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました🌸

ーー୨୧ーー

🪽ういのはねやすめ

今日の羽休めにおすすめしたい曲は、

松田聖子さんの「瑠璃色の地球」⊹ ࣪

この曲はわたしが櫻坂46のオーディションで歌った曲で、

わたしをこの場所に導いてくれた曲です。

夜明けの来ない夜がないことが

必ずしも救いであるとは限らないけれど、

何があっても変わらずに

またその姿を見せてくれる朝日は

いつだってわたしたちの味方で、

そして希望であり続けてくれる存在だと思います。

夜明けに希望を見出せない日々にも、

そんな風に、朝日を味方だと思えるときが来ることを心から願っています。

またね🌸

うい #28通目

引用元:山川宇衣ちゃんの「瑠璃色の夜明け」

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